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静岡地方裁判所 昭和53年(ワ)507号 判決

原告

安本敏雄

右訴訟代理人

藤森克美

佐藤久

白井孝一

清水光康

伊藤博史

澤口嘉代子

被告

静岡県社会人体育文化協会

右代表者会長

大石益光

被告

大石益光

被告

佐野

被告

池ヶ谷尚利

右被告ら訴訟代理人

平井廣吉

斎藤安彦

岡本義弘

主文

一  被告静岡県社会人体育文化協会、同佐野〓及び同池ヶ谷尚利は原告に対し、各自金二一三三万五一七五円及び内金二〇三三万五一七五円に対する昭和五三年四月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告静岡県社会人体育文化協会、同佐野〓及び同池ヶ谷尚利に対するその余の請求並びに被告大石益光に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告と被告静岡県社会人体育文化協会、同佐野〓及び同池ヶ谷尚利との間において生じた費用はこれを二分し、その一を右被告らの負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告大石益光との間において生じた費用は原告の負担とする。

四  この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。ただし、被告静岡県社会人体育文化協会、同佐野〓及び同池ヶ谷尚利において各自金一〇〇〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金四三六九万一八七四円及び内金四一六九万一八七四円に対する昭和五三年四月二九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  原告勝訴の場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1当事者

(一) 原告

原告は亡安本邦子(以下「邦子」という。)の父である。邦子は昭和五〇年一一月頃被告静岡県社会人体育文化協会(以下「被告協会」という。)の会員となつた。

(二) 被告ら

被告協会は肩書地に本部を置き、地域・職域における健全なる体育文化活動を育成し、社会人としての豊かな人間性を涵養することを目的として昭和三八年五月設立された団体であつて、右目的達成のため会員を募集し、地域・職域の体育文化活動の企画、実施並びに相互連絡等の事業を行い、その具体的な事業内容としてハイキング、登山、旅行、ダンス等を定期的に主催している。被告大石益光(以下「被告大石」という。)は被告協会会長、被告佐野〓(以下「被告佐野」という。)は被告協会事務局長、被告池ケ谷尚利(以下「被告池ケ谷」という。)は被告協会職員である。

2本件事故発生に至る経過

(一) 被告協会は、その体育文化活動の一環として昭和五三年四月二九、三〇日の両日に亘り「残雪の八ケ岳縦走」(静岡からバスで韮崎、茅野を経て麦草峠に着き、麦草峠からは徒歩で高見石、中山峠、天狗岳、夏沢峠、琉黄岳、横岳、赤岳石室(泊)、赤岳、権現岳、編笠山、小淵沢まで縦走し、小淵沢から再びバスで韮崎、身延を経て静岡に帰着する行程、以下「本件登山」という。)を主催し、被告池ケ谷は本件登山の企画を担当し、会員参加者の募集事務に従事するとともに、本件登山のリーダーとして参加者らを引率した。

(二) 邦子は、被告協会に本件登山の参加を申込み、昭和五三年四月二八日午後一〇時静岡市内の当時の静岡県民会館前に集合した。

(三) 被告池ケ谷を含む参加者三一名はマイクロバスで県民会館前を出発し、山梨県韮崎、長野県茅野を経て翌二九日午前六時頃麦草峠に着いたところ、同所には四、五〇センチメートルの積雪があり、小雪が降つていた。参加者らは登山を開始し、高見石の山小屋に着き同所で朝食をとつたが、その頃一瞬晴れ間がのぞいた。

(四) 朝食後、中山峠を経て天狗岳に向かつたが、天候は悪化し、強い風雪で歩行に難渋をきたすこともあり、午前一一時頃夏沢峠の山小屋に到着して昼食をとつた後硫黄岳に向ったが、硫黄岳でも風が強く、道が狭く凍結していたため這うような姿勢で登らなければならないところがあつた。そして、硫黄岳石室を過ぎ横岳頂上手前附近の岩場で道が凍結して通過の因難な箇所があつたため、被告池ケ谷らはピッケル等を使用して迂回して進む道をつけた。この間約五〇分、被告池ケ谷は他の参加者らに何も指示を与えず風雪が吹き荒ぶ中で漫然待たしていたため、邦子は寒気で体力を消耗した。しかも、このようにしてつけられた道は谷側が断崖であつたので山側にザイルを張つてザイルに頼り極度に緊張して通過しなければならない危険な箇所であつた。

(五) 右難所を過ぎ、横岳、三叉峰、石尊峰を経て、午後二時過頃に鉾岳のトラバースルート(山の斜面を横切る道)途中の本件事故現場手前の鎖場に出た。このあたりの積雪は約一メートルで、鎖だけが積雪の上に出ている状況であつたため、参加者らはかかんだ姿勢で鎖をつかみながら下降した。この鎖場を下りたところから雪に覆われた長さ約七メートル、幅約二五センチメートルの道となり、この道は山側が積雪のある壁面状になつており、谷側が約一〇メートルの緩勾配の積雪斜面で、その先が断崖になつていて、道は凍結して滑り易く、鎖、ロープ等をつかむものもないので通過するには登山技術、経験を要する場所であつた(以下「本件事故現場」という。)。

(六) 邦子は午後二時四〇分頃本件事故現場を通過中、足を滑べらせ、うつ伏せの状態で足を下方にして約六〇〇メートル位滑落し、岩などに激突して頭蓋底骨折、頸椎骨折、脳挫傷等の傷害を受け同日死亡した(以下「本件事故」という。)。

3被告らの責任

(一) 被告池ケ谷の責任

被告池ケ谷には本件事故につき以下のとおりの過失がある。

(1) 邦子は冬山は勿論、残雪期の春山登山の経験がなく、その登山技術をも習得していなかつたところ、本件登山には相応の登山経験や比較的高度の登山技術と体力を必要としたから、その企画を担当実施すべき者としては、参加申込者に対し予め登山経験、技術、体力等につき審査をし、不適当な者の参加を拒否するとともに、参加を許した者に対し本件登山計画の具体的内容及び八ケ岳の状況等を説明し、また、残雪期に相応する登山装備等につき適切な指示を与える等して本件登山につき参加者らの安全を確保すべき注意義務があるにかかわらず、被告池ケ谷は、被告協会発行の会報「体文協ニュース中部版」(昭和五三年四月一四日付)等により広く参加者を募集し、邦子を含む参加申込者に対し右のような審査をすることなく参加を許し、また、右のような説明、指示をも怠り本件登山につき邦子を含む参加者らの安全を確保するための準備を整えなかつた過失がある。

(2) 春山登山といえば残雪期であるから初心者等を含む登山は一般に五、六名程度が適当な人数であり、また参加者の人数、登山経験及び技術、体力等に応じた相当数のサブリーダーを付添わせ、登山の行程中参加者らの行動に留意し、参加者らに対し危険箇所を周知させ適宜助言と指導を与え、かつ危険に即応できる体制で臨むべきところ、リーダーである被告池ケ谷は、本件登山に初心者や比較的体力の劣る女性一七名を含め三〇名を参加させながら、僅か二名のサブリーダーとともに参加者らを引率するという杜撰な体制で本件登山を実施した過失がある。

(3) 一般に、登山のリーダーとしては、山の気象状況を十分把握し、登山当日悪天候が予想される場合には登山中止、コース変更等臨機応変の措置をとり、事故発生を未然に回避すべき注意義務があるところ、八ケ岳地方では四月二七、二八日の段階で翌二九日から雨が降り始め、山岳方面では荒れ模様となるとの予報と雪崩注意報が出されており、本件登山当日には悪天候が予想されたのであるが、被告池ケ谷は右のような予報等を入手しないまま前記のような悪天候下に本件登山を強行した過失がある。

(4) 被告池ケ谷は前記のような悪条件下に、相当に無理がある行程で本件登山を強行してきたのであるから、参加者らの疲労度等を十分考慮し、少なくとも夏沢峠又は硫黄岳あたりで本件登山を中止し下山すべきであつたにもかかわらず、本件登山を予定どおり実行しようと考え前記のように迂回する道をつけ危険を犯してまで本件登山を続行した過失がある。

(5) 被告池ケ谷は、本件事故現場が前記のように危険な場所であつたのであるから、邦子を含む参加者らがそこを通過するに際して同所に滑落防止のためのザイルを張るとか、アイゼンを持参していた邦子に対しその着装等を指示し、その他適切な注意、指導を与えるなどして同所を安全に通過させるべき注意義務があるにもかかわらず、邦子に対し右のような安全確保のための措置を怠つた過失がある。

被告池ケ谷には、以上の過失があり、その結果本件事故が発生したものである。したがつて、被告池ケ谷は原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告協会の責任

被告協会は本件登山を主催し、その職員である被告池ケ谷をしてその企画を担当実施させたものであり、本件事故は被告協会職員の職務遂行行為により発生したものであるから、被告協会は原告に対し、民法七一五条一項に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

(三) 被告大石の責任

被告大石は、本件事故当時被告協会会長としてその事業全般を掌理し、被告協会の職員を選任し、これを監督すべき地位にあつたのであるから、使用者である被告協会に代つて事業を監督する者というべきである。したがつて、被告大石は、原告に対し、民法七一五条二項に基づき、被告池ケ谷が職務遂行中その過失によつて発生させた本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

(四) 被告佐野の責任

被告佐野は、本件事故当時被告協会事務局長として被告大石とともに被告協会の職員を選任し、これを監督するなど被告協会の事業を掌握していた者であるから、使用者である被告協会に代つて事業を監督する者というべきである。したがつて、被告佐野は原告に対し、民法七一五条二項に基づき、被告池ケ谷が職務遂行中その過失によつて発生させた本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

4損害

(一) 逸失利益

邦子は、昭和二五年六月二九日生まれで、本件事故当時静岡県中部生コンクリート協同組合に勤務し、月額本給金七万八〇〇〇円及び通勤手当金三六〇〇円の給与を得ていた。しかし、邦子が右組合に就職したのは昭和五二年一〇月頃であつて、その以前はプラス株式会社静岡営業所に勤務し、昭和五一年当時の年間収入は金一六二万二一六三円であつた。本件事故当時の給与と比べ、右収入は当該年度の賃金センサス高卒女子労働者の平均給与年額を上回つていたし、右協同組合での勤務期間の短いことや邦子の死亡当時の年令等を考慮すると、その逸失利益の算定にあたつては、たまたま本件事故当時の低い給与額によるべきではなく、賃金センサス(産業計、企業規模計、女子労働者、新高卒、二五ないし二九歳)を基準とすべきであり、しかも本件事故後賃金の上昇が認められるので、昭和五五年度のそれによるべきで、これによると、年間平均給与額が金二〇一万七〇〇〇円であるところ、当然に支出すべき生活費として右給与額の四割の額を控除し、満六七歳までの四〇年を稼働可能年数としたうえでホフマン式計算法により年五分の割合で中間利息を控除して右期間の邦子の逸失利益を現時に引直して算出すると、金二六一九万一八七四円(円未満切捨)となる。

(計算式)

2,017,000×21.6426×0.6

=26,191,874.52

(二) 原告は邦子の父であるところ、同女の死亡により右金二六一九万一八七四円の損害賠償請求権を相続した。

(三) 葬儀費用

原告は邦子のため葬儀を行い、その費用金五〇万円を支出した。

(四) 慰藉料

原告は昭和五〇年四月二〇日妻に先立たれた後は邦子を愛しんで暮してきたが、その邦子を二七歳の若さで失い甚大な精神的苦痛を被つた。右精神的苦痛を慰藉するには金一五〇〇万円を下らない額が相当である。

(五) 弁護士費用

原告は本訴提起前、被告らに対し、本件事故による損害賠償について話合を申入れたところ、被告らがこれを拒否したため、やむを得ず原告訴訟代理人らに本件訴訟の遂行を委任したが、その費用は金二〇〇万円とするのが相当である。

5結論

よつて、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として各自金四三六九万一八七四円及び弁護士費用額を除いた内金四一六九万一八七四円に対する不法行為の日である昭和五三年四月二九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1請求原因1項(一)、(二)の事実、同2項(一)、(二)の事実、同項(三)の事実のうち麦草峠の積雪量及び到着時刻を除くその余の事実は認める。麦草峠の積雪は二〇ないし二五センチメートル位であつた。また、到着時刻は午前三時三〇分頃であり、参加者らはそのまま車中で仮眠をとり、午前六時頃登山を開始した。同項(四)の事実のうち登山経路が原告主張のとおりであること、午前一一時頃夏沢峠の山小屋に到着し昼食をとつたこと、被告池ケ谷らが迂回して進む道をつける作業中、他の参加者らを風を避けるところもない場所に約五〇分間待たせていたこと、その道の谷側が断崖でそのため被告池ケ谷らが山側にザイルを張つたことは認めるが、その余の事実は否認する。朝食後中山峠に差し掛かつた頃は青空が見えるほどに天候は回復した。しかし、夏沢峠で昼食をとつた頃雨が降り出したので、被告池ケ谷は参加者らに対し雨具を着けることを指示した。硫黄岳を過ぎる頃雨はあがり、曇つてはいたが悪天候ではなかつた。硫黄岳では風があつたがそれほど強くなく、また、多少凍結しているところがあつたが緩やかな尾根道であるため這うような姿勢で登らなければならないことはなかつた。被告池ケ谷らの作業中、サブリーダーは他の参加者らに対し防寒の注意をしていたし、当時多少風が吹いていたものの吹雪ではなかつたから、邦子が寒気で体力を消耗する状況ではなかつた。同項(五)の事実のうち参加者らが原告主張の経路で鎖場に出たこと、この鎖場を下降したところから雪に覆われた長さ約七メートルの道となり、鎖、ロープ等つかまるものはなく、山側には雪が積つており、谷側が積雪斜面でその先が断崖であることは認めるが、その余の事実は否認する。参加者らが鎖場に出たのは午後二時三五分頃で、積雪は四、五〇センチメートルであり、鎖は腰の高さ位のところにあつた。本件事故現場の道幅は約三〇センチメートルであり、その谷側は約二〇ないし三〇メートル位の間なだらかになつており、その道の積雪は湿つた状態で凍結していなかつた。同項(六)の事実のうち邦子が足を滑らせたこと及び滑落距離は否認し、その余の事実は認める。邦子は足を踏みはずしたのであり、滑落距離は約四〇〇ないし五〇〇メートルである。

2同3項(一)の冒頭事実のうち本件事故につき被告池ケ谷に過失があるとの点は争う。被告協会の会員は法人又は個人事業所の従業員等であり、相互の連絡を取りにくい面があるため、被告協会は体文協ニュースで会員と連絡を取り、登山の場合には、参加希望者は自己の登山経験を考慮したうえで参加を申込み、被告池ケ谷の職務は参加者らのため目的地までの交通機関、宿泊先等を手配するといつた事務的手続を主たるものとするのであつて、このように、被告池ケ谷は一応、本件登山のリーダーとなつているものの、元来被告協会の事務職員であり、登山の経験があるため本件登山のリーダーになつたにすぎないものであるから、リーダーとしての注意義務の内容、程度は著しく軽減されたものとみるべきである。

同項(一)(1)の事実は否認する。邦子は被告協会主催の登山についてだけでも数多く参加し、冬山登山の経験も数回あり、その登山技術及び経験からみて被告協会会員のうち中級者の上位に属し、特に女子会員の中では上級者であつて、被告らは邦子が通常の登山者として必要とする程度の技術を具えていたものと考えていた。また、被告池ケ谷は邦子を含むほとんどの参加者らとともに過去数回あるいは数十回にわたり登山、ハイキング等をしており、参加者らの登山技術及び体力等を掌握していたし、本件登山に対する必要事項については、本件登山前に参加者らに対し電話又は口頭で説明し、注意を与えていた。

同項(一)(2)の事実のうち被告池ケ谷を除き参加人数が三〇名で、リーダーである被告池ケ谷の外二名のサブリーダーで他の参加者らを引率したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同項(一)(3)のうち一般に、リーダーが山の気象状況を把握し、天候を予測すべきであることは認めるが、その余の事実は否認する。被告池ケ谷は、本件登山の出発前に、宿泊予定の赤岳石室の連絡所に問い合わせるとともに、新聞、テレビ等の天気予報によつて気象状況を調査してこれを把握し、登山ルートの状況をも確認する等登山関係者として通常なすべき措置をとつた。そして、それによると、天候は特に良好とはいえないまでも大きく崩れることはなく、本件登山の実施に支障をきたすような山の気象状況ではなかつたし、また結果的にも右予想と大差はなかつた。

同項(一)(4)の事実は否認する。本件登山当日の天候は悪天候ではなく、通常の登山技術を有する者であれば十分消化しうる行程であつた。

同項(一)(5)の事実は否認する。本件事故現場の道はほぼ水平であり、湿つた雪で覆われ、路面は積雪を踏み固めた状態であつたが、特に滑り易い場所ではなかつた。したがつて、同所の通過にアイゼンの着装は必要なく、通常の登山技術を有する者であれば無事通過しうる場所であつた。

同項(二)の事実のうち被告協会が本件登山を主催し、職員である被告池ケ谷をしてその企画、実施を担当させたことは認めるが、その余は争う。

同項(三)の事実のうち本件事故当時被告大石が被告協会会長であつたことは認めるが、その余は争う。被告大石は会長とはいつても、被告協会の象徴的存在であつて、いわば名誉会長ともいうべきものであり、被告協会から報酬又は給与等を全く得ていないし、被告協会の事業はすべて被告佐野が執行し監督している。したがつて、被告大石は被告協会に代つて事業を監督する者ではなく、個人として責任を負うべき立場にない。

同項(四)の事実のうち本件事故当時佐野が被告協会事務局長としてその職員を選任・監督し、被告協会に代つて事業を監督する者であつたことは認める。

3同4項(一)の事実のうち邦子が本件事故当時静岡県中部生コンクリート協同組合に勤務していたこと、その以前はプラス株式会社静岡営業所に勤めていたことは認めるが、その余の事実は不知。損害額は争う。邦子は本件事故当時右協同組合に勤務し給与を得ていたのであるから、逸失利益の算定にあたつては、右給与額を基準とすべきであり、賃金センサスによるべきではない。同項(二)の事実のうち原告と邦子の身分関係は認めるが、その余は不知。同項(三)ないし(五)の事実は不知。損害額は争う。

三  被告らの主張

1被告協会の責任

被告池ケ谷は昭和三八、九年頃より登山経験を有し、その間、日本の中部山岳地帯における主要な山岳をほとんど踏破しており、被告協会の実施する登山に関し必要とする知識、経験及び技量を十分具えている。そして、被告池ケ谷は、本件登山の企画にあたり、被告協会のプログラム委員会及び参加会員等の意見をも聴き、慎重に検討をした。したがつて、被告協会は、被告池ケ谷の選任、監督にあたり過失がない。

2過失相殺

仮に被告池ケ谷に本件事故についての過失が認められるとしても、本件事故の態様からすると、邦子は不注意により足を踏みはずして滑落したものと考えられる。その原因は、邦子がかなり強度の近視で常に眼鏡をかけていたのに、本件事故当時眼鏡をはずしていたこと及び後方に親しい知人がいたためその方向に振り向いたか、脇見をしながら歩くなど正常な姿勢で歩行していなかつたことによるものとみられる。右のとおり邦子の過失も少なくなかつたのであるから、損害額の算定にあたり右の点が斟酌されるべきである。

四  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1被告らの主張1項は争う。

2同2項の事実は否認する。邦子が本件事故当時眼鏡をはずしていたとしても、被告池ケ谷は現場において邦子に対し眼鏡をかけるよう具体的に注意しなければならなかつたのであるから、これを邦子の過失とすることはできない。

第三  証拠《省略》

理由

一  当事者及び本件事故発生に至る経過

1請求原因1項(一)、(二)の事実、同2項(一)、(二)の事実、同項(三)の事実のうち参加者らが昭和五三年四月二八日夜マイクロバスで県民会館前を出発し、山梨県韮崎、長野県茅野を経て翌二九日(午前六時頃であるか同三時三〇分頃であるかについては争いがある。)麦草峠に着いたところ、同所に積雪があり小雪が降つていたこと、参加者らが登山を開始し、高見石の山小屋に着き同所で朝食をとつたが、その頃晴れ間がのぞいたこと、同項(四)の事実のうち参加者らが中山峠を経え天狗岳に向かい、午前一一時頃夏沢峠の山小屋に到着し昼食をとつたこと、その後硫黄岳、硫黄岳石室を経て横岳に向かつたが、横岳頂上手前附近の岩場で被告池ケ谷らが迂回して進む道をつける作業中風を避けるところもない場所に他の参加者らを約五〇分間待たせていたこと、その道は谷側が断崖であつたので被告池ケ谷らが山側にザイルを張つたこと、同項(五)の事実のうち参加者らが横岳、三叉峰、石尊峰を経た後、鉾岳のトラパースルートの鎖場に出たこと、この鎖場を下降したところから雪に覆われた長さ約七メートルの道となり、鎖、ロープ等つかまるものはなく、山側には雪が積り、谷側が緩傾斜でその先が断崖であつたこと、同項(六)の事実のうち邦子が足を滑べらしたこと及び滑走距離を除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2右争いのない事実並びに〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)(1) 被告協会は設立以来請求原因1項(二)記載のとおりその目的を達成するため会員を募集し、比較的活発な事業を行い、肩書地に本部を、清水、藤枝及び浜松市内に各支部を置き、被告大石を含む静岡県下の有名企業の代表者が会長、副会長、理事など役員に就任し、被告佐野、同池ケ谷を含む六名の職員がおり、その会員は静岡県内の法人又は個人事業所で、所定の月会費を納めるものとされているが、特例として一般個人も年額二〇〇〇円の会費を支払えば入会することが認められ、主としてこれら会員の会費によつて被告協会の事業の運営がなされている。

(2)  被告池ケ谷は昭和五三年二月下旬頃本件登山を企画し、被告協会発行の同年三月一五日付及び四月一四日付体文協ニュース中部版のハイキング欄に「残雪の八ケ岳縦走」の見出しで本件登山の参加者を募集した。邦子は個人会員としてこれに応募し、本件登山に参加したが、これまでに被告協会が主催した冬季の金峰山、瑞牆山や大菩薩峠などの登山に参加した経験があるものの、八ケ岳のように標高二九〇〇メートルに近い残雪期の登山の経験はなかつた。

(二)  ところで、本件登山が行われた当時、八ケ岳、南アルプス連峰は例年に比べ積雪が多く、滑落による死亡等の遭難事故が多発していたこともあつて、関係各県の警察本部は登山者に対しアイゼン、ピッケルを携行するなど冬山装備で入山するとともに装備、技術、体力に応じた登山コースを選択するよう警告し、また、長野県山岳遭難防止対策協会、同県教育委員会及び同県警察本部発行の昭和五三年春山情報には、春山登山でも天候が悪化すれば冬山と同様であり、登山の装備、日程、心構えは厳冬期登山と同じようにすること及び春山遭難の一番の原因は雪上スリツプであつて、雪上における基本的な技術、特にピツケル、アイゼン等の正しい使用方法を身につけることが事故防止の第一歩であることを指摘し、八ケ岳連峰の状況については、積雪が一ないし1.5メートル、殊に沢筋では二、三メートルもあり、雪上スリツプを起し易い危険箇所として横岳の稜線、赤岳石室から地蔵尾根に至るコース及び文三郎新道を挙げており、市販の八ケ岳ガイドブツクにもほぼ同趣旨の記事が掲載されている。

また、本件登山当日の気象状況は、低気圧の影響で全国的に天気は下り坂に向かい山岳方面では荒れ模様となり雪崩が起き易くその注意報まで出されていた。

(三)  本件登山には被告池ケ谷を含む三一名が参加し、その多くは登山の愛好者であつたが、約半数は女性で初心者もいた。被告池ケ谷は当日県民会館前で参加者らの中から比較的登山経験のある富山彰、浅原金雄にサブリーダーを頼んだものの同人らとの間で本件登山の実施について事前の打合せをしなかつた。また、被告池ケ谷は予め電話で問い合わせてきた参加者らに対し防寒上の注意をしたのみで本件登山に必要とされる装備について具体的に指示を与えず、アイゼン、ピッケルは不要とまで答えていたうえ、集合場所である県民会館前でも参加者らに対し本件登山について特段の説明をすることなく参加者らの装備、経験、技術及び体力等を個別、具体的に掌握せず、自身、ザイル一本を準備しただけで、アイゼン、ピッケル及びラジオ等は携行しなかつた。邦子は本件登山のために四本爪のアイゼンを携行したが、その使用経験はなかつた。更に、前記のとおり悪天候が予想されたにもかかわらず、被告池ケ谷は本件登山前宿泊予定の赤岳石室に雪の状況を聞いただけで、他に当時の気象状況を十分には入手していなかつた。

(四)  右のような経緯もあつて、邦子を含む参加者らは思い思いの装備、服装で県民会館前に集合したが、ビッケル、アイゼンを携行した者はごく少数で、中には残雪期の登山には適さないキヤラバンシユーズやスノーブーツをはいた者もいた。被告池ケ谷は、軽装でズツク靴をはくなど服装の点で外見上明らかに本件登山に不適当な一名に対しその場で参加を拒否したものの、右以外の参加者らの装備、技術、経験及び体力等に格別関心を払うことはなかつた。

邦子は綿のTシャツ、その上に厚手のシャツを着てニッカズボンをはいた服装で前記アイゼンのほかに薄手のナイロン製ジヤンパー、ヤツケ、軍手等を持参し、革製の軽登山靴を履いていた。

(五)  参加者らを乗せて昭和五三年四月二八日夜県民会館前を出発したマイクロバスが麦草峠(標高二一二〇メートル)に着いたのは翌二九日午前三時三〇分頃であつて、被告池ケ谷は到着後、参加者らに車中で約二時間半仮眠をとらせ、午前六時頃登山計画書も提出せずに参加者らを引率して同所を出発した。参加者らは高見石で朝食後、二、三〇分休憩してから中山峠、天狗岳を経て夏沢峠(標高二四四〇メートル)に向かい、途中天狗岳でも休憩をとつたが、その間の積雪は多く、霧がかかり、降雨や強風に遭い、歩行に難渋することがあつた。夏沢峠を経て硫黄岳(標高二七四二メートル)に向かう頃から参加者らに疲労がみえだし、硫黄岳石室で休憩した際日程を変更して同石室に泊まる意見が出たが、被告池ケ谷は予定どおりの行程をとつた。被告池ケ谷が先頭に立ち参加者らは稜線に沿つて横岳(標高二八三五メートル)に向かつたが、その頂上手前附近の岩場で被告池ケ谷らは迂回して進む道をつける作業中、風を避けるところもない寒い場所で他の参加者らを約五〇分間待たせていた。

(六)  参加者らは右岩場の難所を通過し、午後二時二〇分頃横岳頂上附近に到着し、そこから三叉峰、石尊峰を経て午後二時三〇分頃鉾岳のトラバースルートに差し掛つた。右トラバースルートは稜線から諏訪側の鎖場を約三、四〇メートル下降し斜面に平行した道となつている本件事故現場を経て再び鎖場を登高して稜線に出るルートである。本件事故現場は右はじめの鎖場の端から長さ約七メートル、幅約三〇センチメートルの雪に覆われた道で、山側が積雪のある壁面状となつており、谷側が約二〇メートルの緩勾配の積雪斜面でその先が断崖になつていて、鎖、ロープ等つかむものがないこともあつて、慎重に通過すべき箇所であつた。しかし、被告池ケ谷は同所がそれほど危険な場所であると意識していなかつたので特にザイルを張らず、自ら道を渡り切つた附近で通過してくる参加者らを待つていたものの順次鎖場を下降して本件事故現場を通過しようとする参加者らに対し、注意を喚起したり通過方法について指示、助言を与えたりはしなかつた。邦子は、通常、眼鏡をかけなければ不自由な視力であつたのにレンズの曇りの煩わしさを嫌つたためか、眼鏡をはずしたまま午後二時四〇分頃右の鎖場の端から僅かに入つた本件事故現場を通過しようとしたが、足を踏みはずすか滑べらせるかしてうつ伏せの状態で谷側に滑落した。邦子が通過する際、被告池ケ谷は通過し終つた者に気をとられ、邦子の動静を注視していなかつたため同女の悲鳴を聞いて初めて道から三メートル位下方斜面に滑落していく同女に気づき、なすすべもなく邦子を見ていたが、同女は間もなく谷側斜面から姿を消した。

(七)  被告池ケ谷は、事故後、赤岳鉱泉小屋で加勢を求めて捜索にあたり、午後七時二〇分頃、沢に横たわつていた邦子の遺体を発見し、翌三〇日遺体を収容し、検視の結果死因は頭蓋底骨折、頸椎骨折、脳挫傷等の傷害によるものであつた。

以上のとおりであり、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告らの責任

1  被告池ケ谷の責任

参加者を募集して残雪期に標高二九〇〇メートルに近い八ケ岳登山を企画、実施する者としては、参加者らの装備、技術、経験及び体力等に相応した登山コースを選択し、日程を組まなければならないことは当然のことである。しかしながら、以上に認定した本件登山のコース、日程、参加方法等をみると、本件登山は右のような点を検討して企画されたものであるとはいえないのであつて、参加者らが相応の装備、技術、経験及び体力等をもつ者であれば格別、これらの劣る者が参加するときは、前記春山情報の指摘にあるような残雪期の登山に伴う滑落等の遭難事故が発生する蓋然性の高い企画内容であつたといえる。本件登山は地域・職域における健全なる体育文化活動を育成し社会人としての豊かな人間性を涵養することを目的に設立された被告協会が主催し、参加者が体文協ニュース等により登山コース、日程等を承知したうえ自主的に参加した登山であるとしても、その参加者は広く被告協会会員である法人又は個人事業所の従業員や一般個人であつて、当然には一定水準の登山技術、経験及び体力や必要な装備等をもつ者が参加すると期待できないのであるから、被告協会は本件登山を企画、実施するに際して責任のある相当の登山経験、技術を具えた者にこれを担当させるべきであり、その担当者は参加申込者に対し右装備、技術、経験及び体力等の有無を審査し、不適当な者の参加を拒絶するとともに、参加を許した者に対し登山計画の具体的内容及び八ケ岳の状況等を説明し、必要な指示、助言を与えるなどして十分な登山準備をさせたうえ、登山中の参加者らの状態、動静を十分掌握できる体制を作り、山の気象状況にも留意し、慎重に登山を実施すべきである。更に登山中リーダー等は装備、技術、経験及び体力等の劣る参加者の動静に関心を払い、特に危険箇所を通過する際にはその者の動静を十分注視し、かつ同人が危険の意識を欠くときには注意を喚起し、安全な通過方法を指示し、場合によつては助勢する等適切な措置をとつて、参加者の安全を確保する注意義務があるものといわねばならない。

しかるに、被告池ケ谷は、前記のとおり参加者の装備、技術、経験及び体力等を検討せずに本件登山を企画し、本件登山が滑落等遭難事故の発生する蓋然性の高い企画内容であつたにもかかわらず、装備の点で明らかに不適当な者一名の参加を拒否したものの、邦子を含め装備、技術、経験及び体力等の劣る者を相当数本件登山に参加させ、また参加者らに対し登山計画の具体的内容を説明しなかつたし、必要な指示助言を与えなかつた。そのため、被告池ケ谷は参加者らに対し装備、心構え等の点につき十分な登山準備をさせることなく本件登山を実施し、また登山中の参加者らの状態、動静を十分掌握できる体制を作らず、参加者らにとつて多少ともコース、日程に無理のある本件登山を強行して本件事故直前頃は邦子を含む参加者に相当疲労した者が出てきたのにその認識を欠き、本件事故現場の道を渡り切つた附近で順次鎖場を約三、四〇メートル下降したうえ本件事故現場を通過して来る参加者らを待つていただけで、邦子が同様にして鎖場を下降し、眼鏡をはずしたまま前記のように危険箇所である本件事故現場を通過しようとしたにもかかわらず、同所を通過し終つた者に気をとられ同女の動静を注視していなかつたため、同女に対し注意を喚起したり、安全な通過方法を指示することができず、同女に対する安全確保の義務を怠り、よつて、同女をして本件事故現場を通過中前記のとおり滑落させ死亡するに至らしめたものというべきである。

したがつて、被告池ケ谷は原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

2  被告協会の責任

被告協会が本件登山を主催し、その職員である被告池ケ谷をしてその企画、実施を担当させたことは当事者間に争いがなく、本件登山が被告協会の事業の執行として行われたものであることは前認定のとおりである。被告協会は、被告池ケ谷の選任、監督にあたり過失がない旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告協会は原告に対し、民法七一五条一項に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

3  被告大石の責任

本件事故当時被告大石が被告協会会長であつたことは当事者間に争いがない。原告は、被告大石が本件事故当時被告協会に代つて事業を監督する者であつたと主張するけれども、民法七一五条二項にいう代理監督者とは、客観的にみて、使用者に代り現実に事業を監督する地位にある者を指称するものと解すべきであるところ、被告大石益光及び同佐野勉各本人尋問の結果によれば、被告大石は被告協会の総会及び理事会を招集し、その議長となるなど被告協会会則に定められた形式的な業務を担当しているが、職員の選任、監督等事業の執行及び監督はすべて事務局長である被告佐野が行つていたことが認められるから、被告大石は右条項にいう代理監督者であるということはできず、他に右原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被告大石が代理監督者であることを理由に同被告に対し本件事故による損害賠償を求める原告の請求は失当である。

4  被告佐野の責任

本件事故当時被告佐野が被告協会事務局長として被告協会の職員を選任、監督し、被告協会に代つて事業を監督する者であつたことは当事者間に争いがないから、被告佐野は原告に対し、民法七一五条二項に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

三  損害

1  逸失利益

邦子が本件事故当時静岡県中部生コンクリート協同組合に勤務し、その以前はプラス株式会社静岡営業所に勤めていたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、邦子は昭和二五年六月二九日生まれで本件事故当時満二七歳の女子であり、高校卒業と同時に化粧品問屋に就職し約半年勤務した後プラス株式会社静岡営業所に就職し、年収一六二万二一六三円を得ていたが、多少の経緯があつて昭和五二年三月頃右営業所を退職したこと、その後適当な就職先を求めていたが、失業保険金支給期間が経過したのでやむをえず同年一〇月頃静岡県中部生コンクリート協同組合に就職し、本給月額七万八〇〇〇円、通勤手当三六〇〇円を得ていたが、いずれ機会をみて条件の良い勤務先に転職することを考えていたことが認められる。

右認定事実によれば、邦子は本件事故がなければ少なくとも六七歳に達するまでの四〇年間稼働することができたものと考えられ、また、本件事故当時の収入額、その勤続年数、就職に至る事情等を考慮すれば、同女の逸失利益を算定するについては、本件事故当時である昭和五三年度賃金センサス(産業計、企業規模計、女子労働者、旧中・新高卒、二五ないし二九歳)を基準とするのが相当であり、右賃金センサスによれば、賞与等を含む年間収入は金一八〇万一八〇〇円であり、右収入額から控除すべき生活費の割合は四割とみるのが相当であるから、これを控除した金額を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除して前記稼働期間中の逸失利益を現時に引直して計算すると金一八五五万〇二五一円(円未満切捨)となる。

1,801,800×(1−0.4)×17.1590

=18,550,251.72

そして、原告が邦子の父であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告が邦子の死亡により右逸失利益の損害賠償請求権を相続したことが認められる。

2  葬儀費用

邦子の年令、職業、社会的地位等に照らし、葬儀費用の額は金五〇万円と認めるのが相当である。

3  慰藉料

本件事故の態様、邦子の年令、原告の家族構成その他本件に顕れた諸般の事情に鑑みれば、本件事故により原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇〇万円とするのが相当である。

四  過失相殺

〈証拠〉によれば、邦子は地図を買い求めるなど八ケ岳に関心を抱いていたことが認められるし、前認定のとおり本件登山にアイゼンを携行していたのであるから、前記のとおり本件登山がたとえ体文協ニュースのハイキング欄に「残雪の八ケ岳縦走」と掲載して参加者の募集がなされたとしても、邦子は本件登山を一般のハイキングと同じように考えていたのではなく右登山に伴う危険を相当程度認識していたと推測できるのであつて、本件登山が自己の登山経験、技術及び体力等に相応するものか否かを判断することにさほどの困難があつたとはいえず、更に、本件登山に伴う危険を回避するため通常必要とされる注意を払わなければならないことも当然であるといえるのであるから、邦子自身がこのような注意を払つたならば本件事故現場が危険な箇所であることを十分認識でき、したがつて、本件事故を回避できたはずであるにもかかわらず、眼鏡をはずしたまま、慎重を欠く方法で本件事故現場を通過しようとした過失も本件事故の一因をなしていることは否定しがたいことといえる。邦子の右過失その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として前記三の損害額の三割を減額するのが相当である。

なお、被告らは、本件事故当時邦子が脇見をしていた過失を主張するけれども、右過失を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右過失相殺後の損害は金二〇三三万五一七五円(円未満切捨)となる。

五  弁護士費用

原告が本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人らに委任したことは記録上明らかであり、本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害額は金一〇〇万円とするのが相当である。

六  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告協会、同佐野及び同池ケ谷に対し、各自金二一三三万五一七五円及び弁護士費用額を除いた内金二〇三三万五一七五円に対する本件不法行為の日である昭和五三年四月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから右の限度でこれを認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告大石に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行宣言及びその逸脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(高瀬秀雄 山本哲一 山﨑勉)

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